第六回 「フリーキャスター&医療ジャーナリスト」
ゲスト:森まどか氏

キャスターと医療ジャーナリストという“二足のわらじ”の成り立ちについてお話いただきました。
医療系放送局が開局しキャスターとして入社しましたが、医療の分野は素人で勉強しながらキャリアがスタート。
巷では、数多くの医療番組をしているが、専門分野の世界は理解が難しい。一般的な医療番組は、治る、治らないか、
お涙ちょうだいで亡くなってしまったような内容の番組しかなく、あまりに偏った内容が多いので医療の世界をきちんと伝える
“架け橋”を目指しているそうです。
33歳の時、稀な病気に襲われ、情報がまったくなく、本当に苦労した経験から、そういった問題を解消したい、など、
今の医療の現状や問題点を分かりやすくお話いただきました。
※対話形式で進めていますが、参加者に多数の医療関係者がいたため話者を特定できない箇所がございます

フリーキャスターにいたるまで

就職は1994年入社で女子が氷河期一期生の時代。いきなり、女子はどこの会社でもダメになった…
もともとマスコミ志望だが真剣に考えていなかった。あまりに悔しくその想いを投稿し「週刊読売」に
4ページの記事として掲載された。現在の民間放送連盟の一部が外にでていて(ネットワーク編成)そこへ就職。
24歳で結婚し大阪へ。初めての関西で友達もいない。夫はスポーツ記者で家に不在のため仕事を探し始める。
高校野球を取材する機会があり、現場の楽しさを知り、フリーのアナウンサーをめざしアナウンサー事務所の
オーディションを受ける。併設のアナウンススクールにて研修をしつつ、少しずつ仕事を開始。
2000年にフリーじゃなく定収入のある形で仕事をしたくなる。ちょうどそのころCS放送の「スカパー!」などが開局ラッシュ。医療系放送局でキャスターを募集しており、入社。それがきっかけで医療の分野に入る。
父は医者だが医療の分野は興味なかったため素人であり、勉強しながらキャリアが始まる。
ケアマネジャーや病院で話を聞いたり。何年かやっていると他の人がやっていない分野のため強みとなり、キャスターとしての専門分野となる。製薬会社のトークイベントで司会をしたり、半分フリー、半分局専属で勤める。2007年に完全にフリーに。医療だけでなく他の分野(芸能番組やスポーツなど)もやっている。すごい数の医療番組をしているが、専門分野の世界は理解が難しい。一般的な医療番組は、治る、治らないか、お涙ちょうだいで亡くなってしまったような番組しかなく、あまりに偏った内容が多いので医療の世界をきちんと伝える“架け橋”を目指す。33歳の時、稀な病気に襲われ、情報がまったくなく、本当に苦労した経験から、そういった問題を解消したい。

“医療は暮らしである”と痛感

土屋監督:医療チャンネルキャスターを務めるようになってから、ご病気になるまで何年?
――― 森氏:5年。

5年やっても、自分の病気のことを知らなかった?
―――知らなかった。まったく行きつかなかった。病気の数があまりに多い上、情報がかたよっている。
ちなみに自分のブログは病気名で検索されることが多くとても珍しい。

今は医療以外にもキャスターを?
―――医療関係はスペシャリストとして呼んでもらえる

医療全般だけでなく専門的なかけはしはありますか?
――――神奈川県知事黒岩祐治氏が当時キャスターを務めていたフジテレビ「報道2001」の“医療版”として、
社会の中で医療で起こっている問題を掘り下げていく番組を企画。CSで放映。
7年間黒岩キャスターの横でサブキャスターとしていろんな問題、
例えば医学部新設しないのはなぜか、難病、助産師問題などをとりあげた。
社会の中で医療をきりとっていくような番組を経験したことが得意分野につながる。

医療は家族と本人だけが、かかわっているように見えるが、日々生きる中の問題として、
ニュースとしてとらえるべきですか?
―――医療は暮らしである

(参加者:医療は街づくりだという構想がある。必ず街づくりという観点が出てくる)

―――点ではなく面でとらえる。テレビではスーパードクターばかり取り上げられ、
いざ自分が病気になったら情報がないから頭が真っ白。スーパードクターを頼りに上京するが癌治療が終わっても治療は続く。
地方の人が治療のために東京に通えるのか?病気を暮らしの中としてとらえていることが少ない。

「医療が暮らしである」にたどり着くまで、どれぐらいかかっているか?
――――医療が「ニュースです」「スポーツコーナーです」というように日々の中でやらなきゃと思ってから、
8年になります。

それはご自分の病気がきっかけですか?
――――多くは関係ないレベルの報道ばかりでした。
たとえば病院が製薬会社の都合のいいように結果を誘導する不正が問題になった時、それを取材していた方とお話をした。
主観ですが、彼らは不正をあばくことに意義を感じていて、それがジャーナリズムだと。私は、すこし違う。
「結局、あの薬は飲んでいいの?」と一般の方から質問されることが多く、つまり、一番知りたい大事なところが伝わっていなかった。
ジャーナリズムがひとりよがりで終わってしまう現状がある。本当に必要な情報を正しく届けたい。

暮らしの中で知っておく情報は、本当によくある。父親が脳出血で倒れてから半年。
介護保険の手続きがいろいろあるけれど、そういう事態にならないと分からないという情報のあり方自体が
間違っているのでは。事前にどうにかならないか?
――――自分が病気になると思ってない。そもそも興味がなく真剣に思っていない。
これだけいろんなことが発達しているのに、我々が医療に対する関心度がすごく幼い。
メディアが知らず知らずのうちに教育していたら、違う意味で関心が高くなるはず

海外はどこが違いますか?
――――感覚として、海外は自分の体に関心がある。
日本は保険制度があるので、病気になっても治療費が安い、身銭を削らない。
たとえば、頭が痛いからロキソニンを薬局へ買いに行くより病院でもらうほうが安い。3割しか負担していないから。
7割負担は誰が負担しているのか、このままだと医療費はなくなる、と連鎖したその先をイメージできないから、
気軽に診察を受ける。一方、海外は自費で自己責任でお金をはらうし、お腹が痛くなっても、検査は2か月後になる。
日本はアクセスがよすぎる気楽さと、病気になっても大したことないと思っている。

事前に調べる気はない…
―――健康に対する意識が少ない。体に悪いことはしない、関心が低い

会社の健康診断は受けている
――――区・市のがん検診は全体の約30%しか受けてない、5割いってない。

人間ドックを受ける人は何パーセント?
―――市や区の健診と人間ドックをあわせて30%。海外に比べ癌健診を受ける人は少ない。

会社の健診も入れて?
―――会社によっては癌の項目がないところもある。
肺がんはレントゲン、胃がんは2年に1回内視鏡かバリウム、乳がんは40歳以上マンモグラフィー、
子宮頸がんは20歳以上、大腸がんは便検査

なぜ内視鏡は2年に1回?
―――毎年見てもそんなに変わらない。検査はリスクとベネフィットとのバランス。
レントゲンも被爆するリスクと発がん率のリスクを天秤にかけている

レントゲンの被爆って、そんなにリスクがある?
(CTとか日本は台数が多く気軽にうけやすい。医療被曝はひとつの問題として考える櫃優はある)

(歯医者もすぐレントゲンをとろうとする)

(飛行機に搭乗したほうが被爆率は高いが不要に浴びている可能性は高い。
何歳から健診が始まるかは発病するリスクと負担のリスクからなっている)

(有効とされている「がん検診」は死亡率を下げるためのもの。)
(その検診を受けたから、かからないわけではない。検診は早期発見のためで、
ならないためにするのは予防医学である)

――――乳がんだと海外は8~9割の健診をうける。

なぜ日本は低いのか?
――――仕事が優先、公的健康保険があり安心しきっている。意外と主婦が低い。
癌が見つかったら怖いから受けたくない人もいる。

(森さんは健診を受けていますか?)
――――だいぶ受けてない時期があり、反省した。ここ10年は受けている。

(保健師の仕事は予防や検診を受けるよう働きかけることも仕事の一つなので、
自分が受けないと薦められない)

「医療は暮らしである」ことを啓蒙する方法は?

――――国のお金(社会保障)がまったく足りない。なぜなら、薬の処方が多すぎる。
それが国の財政を逼迫させていると知られていない。最近はジェネリック医薬品が普及してきている。
しかし、自分の家計が助かるだけでなく、国全体の医療費が少なくなれば、みんなも負担が少なくなる。
そんな発想がないところで、医療の政策をやっても意識が足りない。
経済問題、政治問題、教育問題とつながっているのに治療は医療の問題だと切れている。
癌治療と仕事、うつ病の社会復帰、全部つながっているのに誰もそんな感覚で見ない。
その感覚が少しずつ変わっていけば、もっと楽に生きられるはず。

人生から死ぬまでを考えると、病気は人生とセット。
学校の教育と同じ感覚で病気が入ってこないと人生が成り立たない…
――――不妊治療番組で100人のカップルを取材した。
30歳代の無精子症の男性が 体外受精を7回して無事出産できたのに、
自分の欠陥を責められたように感じ「自分は人間失格である」と言っていた。
別の方は近くの小学校から子供の声を聞こえないように昼間カーテンを閉め切っている…、
もし中学校の教育で、子供が生まれない人もいることを教えていたら、もう少し悩まなかっただろう。
結婚をすれば早く子供を産めと言われる。12歳で女性は生理の授業があり、生理は赤ちゃんを産むための準備だと教わった。
自分はたまたま子供がいないが、女性として生理の意味がないのでは思うこともある。
教育で身体や命との向き合い方の可能性をもっといろいろ知っておくべき。
医療とは「命との向き合い方」である。

生きていることに向き合い、医療は関係ないと言えない
―――大人になって気づいたことで、もっと触れる機会があってもいいし、そうすれば関心が高まる。
「サイエンス」として特別な捉え方をしているのがおかしい。

感覚として、科学の世界の話で自分とは関係ないととらえがちだけど、違うんだと感覚的に理解した。
命との向き合い方だし、生きることのへの多様性に広がっていく
――――命はすごい。ALS(筋委縮性側索硬化症)の患者を取材したときがある。
筋肉が動かなくなるが脳は正常。最後は呼吸がとまるので人工呼吸器をつけるか、つけないのか選択を迫られる。
ある女性の患者さんで、そこまでして生きたくないからつけないでくれ、と言った。
いざ選択する際、彼女は大工さんを呼んで人工呼吸をつける環境を整えた。
しかし本人は毎日言うことが変わり、生きるか死ぬか、決断できない。
結局最後は人工呼吸器をつけることを選択した。

(パラリンピックのベルギー選手でALSの患者さんかもしれない。安楽死を選んだ選手が訪日した。
筋肉が衰えて痛みがあって… 治療法がない)

(日本で有名な患者は、徳田虎雄、篠澤教授)

医療制度と現場の問題点

(人工呼吸器をつけるつけない、の問題として、いったんつけたら、外せないのか?いつまでも生かされるのか。安楽死の選択はあるのか?)
―――人工呼吸器をつけるとたんの吸引の問題がある。取材当時は家族は吸引できるがヘルパーはNG。
それを黒岩さんの番組でさんざんやって、ヘルパーを派遣するニチイ学館にたんの吸引をやると言わせるまで取材した。

(医療行為になるのでドクターの指示で動ける看護師しかできない。あとは自己責任。最近は在宅医療がでてきた。
たんの吸引で家族は外出もできない。それを患者も分かっているから人工呼吸器をつけるとなかなか言えない。
家族に自由がまったくなくなるから)

(日本は法の整備があいまいで誰もはっきりしたことをしないから困ったことになっている)

―――当事者になってやっと分かることで、当時、番組で日本看護協会の担当理事を呼んできて、話をきくと、
あんな危険な行為をヘルパーにやらせるわけにはいかない、とかたくなに拒否する。けれど家族にはやらせる。
看護師ではないと反論すると、看護協会は研修をすればいいと言ってくる…堂々巡りのやりとりが続していた、当時は。

自分の例でいうと父親が自損事故を起こして脳挫傷で脳出血で脳外科で入院。脳がおかしくなっていて、
転倒してケガをさせたくないから病院はベッドに拘束したい。

(本来であれば、拘束は本人を守ることだが、拘束は本人にとって苦しい)

論理がすりかえられてきて、家族が診てくれるなら外してもいいけれど、独りにさせると危険なので病院は拘束をしたい。
老人介護福祉施設は拘束しない方針でやっている。個人にあわせてほしいのに、病院や施設の方針で、個人対応できない。
ルールでいっしょくたになると個人の命は一個で個性があるのに…。それぞれ対応するのは難しいとは思うけれど。

―――スタッフが少ない。
(病院側は訴訟を起こされるのが一番こまる。拘束するような非人間的なことはやめてほしい、その代り、
本人のしたいようにした結果、転んでしまったことで訴訟を起こされるかどうかが心配。家族はそれをどう思うのか?)

(アメリカは訴訟の国だが、アメリカのほうがうまくいっているイメージ。
個人主義が尊重されるので、自由や個を大事にする。だからうまくいっている。誰のせいでもない事故に対しては誰もせめない)

(免責同意書は法的に拘束はない、サインしてもひっくり返るから医療の世界はもっとすごいのか?)

―――保険で受けられる医療は、たとえ拘束しなくても、払う医療費は同じ。
個人を思いやって、病院側の負担を増やしても病院の収入は変わらない。

すごくいい治療をした場合、病院にプラスいくらか、もらえないのか?
―――診療報酬として保険にプラスはあるが…

個人的に謝礼を渡したい、感謝の気持ちを表したい場合は?

(20年目と2年目のキャリアでも手術代は変わらない。謝礼を個人で受け取る医者はダメ。
医者のキャリアは50代がピーク)

(父親のすい臓がん手術にあたり、家族としては誠意をみせたいしお医者さんには頑張ってほしいので
謝礼(20万円)を渡すことにした。その医者は躊躇なく受け取ったが…)

―――ロス在住の知り合いの話だが、日本のスーパードクターに遠隔診療をお願いすることになった。
現金以外の方法で、現金は足がつくから換金できるもので支払ってほしいと。どのぐらい支払えばいいのか、と聞いたら、
それなりに払ってください、と言われた。

(自由診療ならよい診療もあるので勝手に値段は決められるが…)

―――保険診療ができる医者は保険医登録しているので、そういうことをやってはいけない。

親身になって個人個人でコミュニケーションをしっかり取って個別にケアしてくれる病院があれば、
そこには少しプラスであげるようにすればいいのでは?

(主観なので評価は難しい。同じケアを提供しても、受け取る側がそれをいいと思うか悪いと思うかは違う。
どう評価するか日本はその整備から始めるとなると大抵とん挫する)

(腕は悪くても人当たりがいいとか?)

全体の評判を数字化できないか?プログラミングして…。家族側から言うと親身にちゃんと診てほしい。
やってくれるならプラスお金がかかっていいから、個人でみてほしい

医学部や看護の教育問題

―――医療コミュニケーションが問題。医学部の学生にコミュニケーション力が必要。
東大の医学部のコミュニケーションの授業では、まず、人の目を見て最初に名前を名乗りましょうと教えるそう。

そこからやらないとダメ??
――――いい大人がそこから。本当にそこからやらないと分からないらしい。

(それは医学部だけではない)
(医学部の試験に面接がないのは日本だけだった)

―――私立の医学部に入れるのは金銭的にゆとりのある家庭の子ども。医者の子供かそれなりに収入がある家のみ。
そういう子が限られた狭い世界で医学部きて、社会に出て、
いろんな人と出会った時に、コミュニケーションがとれない。傾向としてスキルがない人が多い。
昔は「赤ひげ先生」のように、人を救いたいという理由で医者になった。
今は、東大の医学部に行っても医師免許だけ取ってコンサルに就職している。
完全予約制のクリニックに勤めて9時―5時しか診ません、とか。目的が変わった。
「人を救う」という原点が問われている

(医学部はものすごく税金を投入されているし、看護師もそう。本人たちはもっと自覚しなければいけない。
一方でそれに縛られるのも個人の自由を尊重すべきで微妙。)

―――膀胱炎になり、日曜日にやっているクリニックに電話したら、完全予約制で断られた。
今、血尿が出ている状況だと説明しても、一番早くて4日後ですねと言われた。

(そういう時は東京都のひまわり・救急医療に連絡?)

―――ひまわりに電話したとき、手術の経験のある場合は、手術した病院に行ってくださいと言われた。

制度の問題、医療なんて関係ないやと制度をいい加減に使っている人たちの問題、
医師と患者のコミュニケーションスキルの問題が大きい。

(患者から引き出すスキルは?)

―――医療コーディネーターという資格があるが、公的ではない団体の民間資格で教育費が高い。
仕事としては、外来に一緒に行って、医者の言うことを説明してあげる。

(以前より、がん医療の時に見かけるようになってきた)

―――いろんな想いがある。自分がどのように利用するかは自分が情報のどの部分を引っ張ってくるか、
その物差しを鍛えないと、自分や家族が病気になった時に困る。
つまり「暮らし」の中に取り入れることが重要になってくる。

医療はスペシャルな話になるだろうと思ったが、人生まで広がって話をしなければならないから
ポイントをどこにしぼるかが難しい。

医療費と制度、そして政治について

―――東京都はオリンピックにお金を使って大丈夫か?と思ってしまう
(薬漬け状態に関していうと、夕張市の事例でお金がなくなって医療費がないから死亡率が下がった。
これはどこにでも通じる話なのか、裏をかえせば薬漬け状態だったということになる)

―――アクセスが良すぎて人が病院に居すぎ。整形外科にいくとお年寄りが多い。
湿布なら薬局で買えばいい。

(日本は医療機関に対してフリーアクセスだから、Aで睡眠薬もらった、Bでももらった、
極端なことを言えばそれをネットで流して売れる)

―――フリーアクセスだし、どこの病院に同時にかかっても問題ない。
ひとつの病院でも複数の科に行き、複数の薬を処方される。
重複してもおかしくないし、いちいち医者は把握していない。時には10種類以上の薬を飲むケースもある。
(薬は同時に5~6種類を飲むとどんな有害なことが出てくるか分からない。
だからこそ薬剤師さんの役割が大きくなってきている。薬を整理したら元気になるケースがある)

(同じ大学病院で複数の科に同時に診てもらい処方されたが、連携ができていなかった。
他の病院からきた若手の出向医師が気づいた。抗がん剤を打つために一度薬をやめたら数値がさがり、結局癌じゃないと判明。
ちなみにオチがあり患者本人は製薬会社勤務)

―――夕張市で物理的に病院にかかれなくなっても薬を止めましょうという先生が少ない。

まとめると…
老人に限らず病院に軽々しく行きすぎる。社交場になっている。そうすると病院は忙しくなる。
もともとコミュニケーションスキルがない医者は、ますます人の目見て話さない。まさに悪循環。
国の医療費負担が多くなり、そして個人の負担が多くなる。ではどこから手をつければいいのか?

(主観ですが、少子化対策で子供の医療費が無料になる自治体が増えている。
「ドクターショッピング」「コンビニ受診」するママが増加。良い薬を出してくれるまで転々とする)

(良い先生は薬出さない)

(今でも小学校3年生までは無料、入院は何割負担。
上限額で自己負担があったほうが責任感がでるのに少子化対策なので、そのサービスがなくなると移住してくれない)

―――医療費が高いのは開業医の診療報酬が高すぎる

(開業医にもっと役割を求めたい)

―――開業医というのは、免許取ったら80過ぎまで現役。
たとえ薬を処方するだけでも、いろんな技術料=診療報酬(初診料、再診料など)が払わされる。
大したことをやってない医者が多い。

(領収書をみると、点数が書いてあり、それに×10円で診療報酬がでる)

診療報酬は制限があるのか?

(治療にそれぞれ点数が決まっている。1点=10円)

―――高齢の医者で大した患者を診てないし、大した治療をしてないのに現役並み以上の収入がある仕組みが
国の医療費を圧迫している。日本医師会(開業医の職能団体)と政治(選挙)とがガチガチに組まれている。
そこの報酬はなかなか下がらない。その代り、医療費を下げているフリをしなければならない。
小手先でいかにも医療費を下げる努力をしていますというけど選挙につながる本丸はそのまま。
医療の話のようで政治の話。

(大学病院へ直接行ったら相当取られる。開業医にまず紹介状を書けと言われる)

―――「かかりつけ医」=開業医に頑張ってもらいましょうという流れ。

(外来機能を開業医にとにかくやってほしい。大学病院は先進医療だとかやるべきことをやればいい)

(開業医と連携するのではれば、トレーニングがほしい。地域連携といって、
地域で患者さんひとりを診る仕組みができている。係りつけがいます、特殊な場合は大学病院へ紹介状をかき、
大学病院でみてもらい診断が出たら、2人の主治医体制で診てもらう。入院すれば地域連携パス(共有)といって共有する治療方針が始まった)

プロフィール

森まどか(もりまどか)

学習院大学法学部政治学科卒業。医療系のCS放送局キャスターを経て、現職。日本医学ジャーナリスト協会正会員/国立がん研究センター「がん患者・市民パネル」メンバー/ピンクリボンアドバイザー。 ジャンルを問わず「声」の仕事をしているが、医療、健康分野を軸に、企画、取材、構成、プロデュースも含め幅広く活動している。読売テレビ「サンデードクター」、テレビ埼玉「がんQ&A」、スカパー「黒岩祐治のメディカルリポート」などに出演。医療は、暮らしの中のできごとであり、“生きる”そのもの。“難しい話”になりがちな専門家と、一般の人たちの、“情報の架け橋”でありたいと思っている。 医療ジャーナリストとしての活動を後押ししているのは、自身の闘病体験。珍しい病気で診断・治療にたどり着くまで時間がかかり、情報のない中で徐々に悪化する症状に苦しんだ経験から、健康ブームや患者数に左右されない情報を、メディアで日常化していくことの大切さを痛感。バランス感覚を持った取材と情報発信を長くつづけたいと思っている。

◇ これまでの取材テーマ
身近な疾病多数(がん、生活習慣病、うつ、C型肝炎等)、医療経済、ジェネリック医薬品、医療難民、病院崩壊、医学教育、医療コミュニケーション、コメディカルの専門性、患者支援、不妊治療、医療報道検証、医学部新設問題、医療のIT化、健康経営等